奏楽

めだかの学校・音楽教室 第1回

めだかの学校・音楽教室 第1回

岩崎弘昌がお届けするブログ『めだかの学校・音楽教室』。

これから、いろんなことを書いていきたいと思いますが、

まず、僕のプロフィール代わりに、

2019年と2020年に開催した『オーボエとピアノの夕べ』でお客様にお配りした

『感謝新聞』の文章を、これから数回に分けてお届けしたいと思います。

お楽しみいただけたら嬉しいです。

 

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昭和42年4月、滝川市立江陵中学校に入学した弘昌少年。

当初は化学部に入るつもりだったが、クラリネットを担当していた2つ年上の姉を冷やかしに、

何気なく吹奏楽部を見学に出かけた。

当時、オーボエは子供には吹けない楽器とされ、実際、姉も吹いてみたが音は出ず。

顧問の松浦真先生から叱責されるのを見た弘昌少年は、何を思ったのか、姉の敵討ちとでもばかりに、

「自分に吹かせてください」と先生に志願。

すると、なんと一発で音が出た!

これが、弘昌少年とオーボエの運命的な出会いであり、

以降半世紀、この楽器と苦楽を共にすることになろうとは、

この時の弘昌少年は、夢にも思わなかったに違いない。

 

その後の弘昌少年は、恩師松浦先生の教えを受けながら、オーボエと吹奏楽部の活動に青春を捧げた。

幸運にも、松浦先生のご長男・真一さんがオーボエを専門に学んでおり、

帰省の折には、弘昌少年にオーボエを教えてくれた。

弘昌少年の最初の師匠である。

また、オーボエ奏者が一生悩み続けると言われるリード制作も、弘昌少年はこの頃から独学で行っていた。

大事な本番の前夜には、楽器をすべて分解掃除し、完璧に復元して本番に臨んでいた、という逸話も。

 

「音楽とお酒は、ラベルをはがして酔いなさい。」

本物を知ることの大切さを、独特の表現で中学生に伝えた松浦先生からは、

多くのことを学んだ。

それが音楽家・岩崎弘昌の原点となっている。

 

(平成31年4月29日発行 オーボエとピアノの夕べ『感謝新聞 第1号』より抜粋)

写真は、中学校文化祭でのジャズバンド演奏。

左端でテナーサックスを吹いているのが弘昌少年。

指揮は松浦真先生。

 

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最後に、もうひとつ、貴重な録音をお送りしたいと思います。

僕が小学6年生の時、江陵中学校吹奏楽部は、初めて吹奏楽コンクール全国大会に出場しました。

その時の演奏です。

先輩たちに敬意を表して、課題曲と自由曲をノーカットでお送りします。

 

第15回全日本吹奏楽コンクール 全国大会

1967年11月25,26日 東京厚生年金会館

課題曲 吹奏楽のための序曲『北の国から』(服部公一作曲)

自由曲 交響曲第5番(ショスタコーヴィチ作曲)

岩崎弘昌

滝川市生まれ。国立音楽大学を卒業と同時に札幌交響楽団に入団。87 年ドイツのハンブルク国立歌劇場管弦楽団の研究員として、ライナー・ヘルヴィッヒのもとで研鑽を積む。88 年帰国後、札響に復帰。その後、ソリストとしても活躍の場を拡げ、95 年には東京文化会館でリサイタルを開催し好評を博す。2008 年より札幌及び近郊在住の若手演奏家と共にアンサンブルグループ・奏楽(そら)の活動を始める。2020 年 11 月、札幌交響楽団を定年により退団。現在、NPO 法人奏楽理事長を務め、音楽を通じての社会貢献活動、道内外各地での演奏活動を精力的に行っている。

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